台湾その日暮らし


by ken1horie
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基隆のラバーダック

 今、台湾北部の基隆で、ラバーダックのイベントを2月8日までやっています。今、台湾は春節で、今日は農暦の元旦でした。元旦は外出する人が少ないので、同じく台湾で春節を過ごしている日本人の友人と、観に行ってきました。会場全体は、こんな感じでした。
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 近づいてみると、こんな感じ。実を言うと、昨年末にこのラバーダックは破裂したのですが、破裂した部分が、目立っている様に見えました。気のせいならいいんですけどね……。
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 また、横から見ると、汚れが目立ちます。黄色が、くすんでしまっているのが、ハッキリと判ります……。せめて、春節前に綺麗にして旧正月を迎えさせても良かったんじゃないのか?とも思うんですが……。
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 会場周辺では、これでもか!ってくらいにラバーダック関連グッズを販売していました。正に、商魂たくましい、とはこの事かなぁ、と思いました。
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 そして、ラバーダック人気に便乗した別のラバーダックがあったのですが、それが何と言うか、口を開けているんですが、この開いた口の形が、何かもう……、と言いたくなってしまう形状でして。会場で苦笑いしてしまいました。
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 また、台湾鉄道でも、ラバーダックのラッピング電車を走らせていました。
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 このラバーダックだけ観に行くのは何ですから、基隆には有名な夜市がありますし、午前中に九份に行って、午後夕方前に、基隆へ移動してラバーダックを観て、夕方から夜市に行く、なんて計画だといいかも知れません。とは言え、残り期間もあと一週間ちょいですし、またラバーダック自体は、ああ、あれね、って程度の感覚でしかないので、無理して観に行く程の事でもないとは、思うのですが……。

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by ken1horie | 2014-01-31 17:11 | 台湾 | Comments(0)

桜が咲きました

 臺湾大学の校区内には、桜の木が植えてあります。日本の桜とは違い、濃いピンク色の花が咲きます。日本統治時代の台湾では、何度も日本の桜の移植が試みられましたが、結局は失敗している経緯があります。
 確かに、日本の桜とは違いますが、それでも開花すると、春が来たな、と思わずにはいられません。また、本日は農歴では大晦日。明日が、元旦となります。正に、初春と言った所でしょうか。
 写真は、Photoshopで加工してあります。台湾大学の文学院で撮った物を水彩画風に加工してみました。また、本日全ての成績が出揃い、来学期に向けて、気持ちを新たにしたところでしょうか。それでは、皆様、新年快楽!
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by ken1horie | 2014-01-30 23:57 | 台湾大学留学 | Comments(2)

残り半年に際して

 4年生の1学期も終わり、残す所あと半年となりました。4年間で卒業出来そうな見通しもつき、ホッとしています。卒業してから4年間を振り返ってもいいのですが、色々とバタバタするかも知れないので、今のうちに大学生活を振り返っておこうかと。

 1年生の1学期が一番辛くて、何度も心が折れそうになりました。私は、2年間台湾師範大学国語中心で中国語を学んでいましたが、台湾大学に入ったら、先生や同級生の言っている事が、殆ど聞き取れなかったのです。これは、本当にショックでした。しかし、大学の授業に関しては、シラバスに参考図書類の書名が乗っているので、それを頼りに、授業内容を復習したり、図書館に有る日本語の書物やCiNiiにあるダウンロード可能な論文等を頼りに、何とか乗り切りました。この1年生の1学期に単位を落とさずに済んだ事が、大きな自信になった事は、間違いありません。2学期からは、多少慣れて、授業の内容も段々、少しずつ聞き取れる様になってきました。
 そして、2年生になってからは、単位も少しだけ増やし、何とか少しずつ授業も対応可能になってきて、大きな不安も少しずつ減って行きました。3年になってから、授業でノートをちゃんと取れる様になりました。確かに、1年生の時から、取れるものはノートに取っていましたが、ノートを取っていると、先生の話している事が判らなくなるんですね。それが、段々と減っていた事は、間違いないです。そして、3年生で多めに単位を取っていた所為か、4年生になって、学士論文を書く余裕も出来ました。現在、少しずつですが書き始めています。

 全体を通して思った事は、例え授業内容が判らなくても、出席していれば点数は引かれないですし、中国語に耳を慣らす事も可能です。その繰り返しが、自分の場合は、段々と中国語の聴力を高めてくれました。また、レポートの多さは、自分の中国語の読解力と作文能力を高めてくれました。本当にレポートが多くて、ずっとレポートを書いていた様な記憶があります。
 実際の授業についてですが、基本的に毎回出席していて、宿題類を全てこなしていれば、単位を落とす事は、まずないと思います。それは、外国人学生だから、と言う訳ではなく、最低限必要な事さえしていれば、単位だけは取れる、と思っています。
 そして、レポートに関してですが、自力でちゃんと書き続けていると、段々レポートも苦にならなくなってきます。それは、何故かと言うと、書き慣れる事も確かにあるのですが、自分の興味の有る分野を選んで授業を選択していると、曾て自分が書いたレポートの参考図書や論文類を再び利用する事も可能ですし、図書館の何処に自分が必要としている書籍があるのか、大体判る様になるんです。また、自分が利用可能なウェブサイトも、段々と判って来ますし、大学の授業と言うのは、基本的に自分で考える訓練なんだ、と少しずつ理解出来ると思います。
 また、その授業の重さが、自分の中国語力を高めてくれた事は、疑いが無いと感じています。
 あと、中国語だけではなく、英語も必要である事を痛感した大学生活でした。世界史の授業は、英語の教科書を使い、配られる資料(小レポートや、討論に使うもの)も英語の物でした。私は歴史学系の学生でしたが、シラバスを見る限りに於いては、世界史や西洋史関係の授業は、英語の書籍や資料を使う場合が殆どでした。また、理系は殆ど英語の教科書を使用すると聞いています。実際に、台湾大学では卒業条件として、一定の英語力を要求される為、少しずつでも英語の勉強を必要とします。しかし、英語に関して言うならば、必要に迫られる部分も有り、自分に関しては日本に居た時よりかは、英語力は上がりました(とは言え、偉そうな事を言えるレベルではありません)。実際に、英語の便利さに気付いたのも、台湾大学に入ってからでした。中国史の書籍でも、中国語の物以外に、多くの参考可能な英語の書籍や論文があるのです。私自身は、台湾史の授業を多く取っていますが、19世紀末の清代台湾の淡水に於ける関税記録は、英語の物ですし、19世紀のイギリス外交官Robert Swinhoeは台湾に関する多くの記録を残しています(彼は博物学者でもあり、台湾の鳥類調査の嚆矢としても有名)。そういった資料を読むのにも英語は必要になってくるのです。台湾史に関する英語の書物も、少なくないのが、現状なのです。
 それから、台湾大学でクラスメイトと上手くやって行くには、それなりに友人を作ろうとするなら、やはり勉強しないと、有る程度の成績を取らないと、難しいかも知れません(これは、私がそんな風に感じているだけです)。私自身、成績に関しては、あまり気にしないでやってきましたし、学校の成績が全てではないと思ってもいますが、それでも台湾大学は成績を過度に気にする学生は多いですし、そして有る意味に於いては、実力が影響する雰囲気があります。

 私自身にとっては、大学4年間と言うのは、非常に有意義な時間だったと言えるでしょう。ただ、全ての人が同じ様に感じるとは思っていないですし、偶々私はラッキーだったのかも、とも思っています。多くの先生や同級生、先輩後輩、友人に支えられてここまで来た事は、紛れも無い事実ですし、本当に感謝しています。
 そして、もし台湾留学を考えている方がいたら、一つだけ忠告させて下さい。
 「過度な期待はしないで下さい。」
 結局は自分がやった分しか、結果は出て来ません。そして、自分がやった分しか結果が出てこないから、自分でも納得出来るし、反省して次に繋げられるのです。ただ、台湾に住んでいるだけでは、中国語は覚えられません。自分の友人達が、それを証明していますし、それが恥ずかしい事ではないのも、事実なのです。例え台湾に住んでいても、日常生活が全て英語や日本語で可能であれば、中国語を覚える事は非常に難しいのです。これは、他の国で生活していても同じでしょう。

 自分は意識して、ここまで来た、とは言い難いです。それでも、何とかなったのは、同級生や、友達、多くの人達と中国語で直接コミュニケイションしたい、って部分が有ったのかも知れません。そして、大学で学んでいるうちに、翻訳や通訳を通さず、出来るだけ自分の感情を直接伝えたい、と思ったのかも知れません。また、自分が今現在、何処に住んでいるのか、も意識のうちにあったのかも知れません。そして、自分にとって一番重要だった事は、日本も台湾も、好きな部分もあれば、好きになれない部分があって、それは善し悪しではない、優劣ではない、と気付けた事でしょうか。

 だからこそ、自分の経験を過信しない、時々は疑って考えてみる事が、必要なのかも知れません。そして、私達一人一人は違うんだよ、と。その違いを受け入れる事の大切さも、また台湾でぼんやりと思う事なんです。
 世界全体が「Let's agree to disagree.」とお互いに笑いながら言い合える日が、いつか来る事を信じて。

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by ken1horie | 2014-01-28 02:22 | 台湾大学留学 | Comments(0)

南投魚池鄉紅茶の旅

 冬休み、折角の機会なので、台湾紅茶の故郷と呼ばれる、南投魚池郷に行ってきました。今回行ったのは、曾て日本統治時代の三井製茶(現在は台湾農林)の工場だった、日月老茶廠魚池鄉農會のスーパーマーケット(サイトには紅茶館となっていますが、どうも紅茶館はないみたいで、スーパーの中に、紅茶の陳列スペースがあるだけの模様)です。
 朝早く台北を出発すれば、公共交通機関の乗り継ぎで、交通費も比較的安く日帰りで行けます。しかし、日月老茶廠の工場見学に関して、その日に工場の説明をするボランティアさんが不在の場合は、一般開放部分のみしか見学出来ず、工場内の見学は出来ないので、事前確認が必要でしょう(要中国語)。

 今回、行きは台中まで高速バスで移動し、台中から日月老茶廠へ直接行く路線バス時刻表はコチラ)を利用しました。台中から日月老茶廠へ行くバスは、悠遊卡が使えますので、事前に500元程チャージしておくと、安心です。バス停を降りて、来た路を少し歩いて戻ると、日月老茶廠の入り口があります。
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 入り口から工場の間までは坂になっており、茶園が続いています。写真以外にも、茶園の敷地を拡大している工事もしていました。
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 そして、坂を上り切った所に、工場があります。
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 見学可能な一般開放部は、この様な感じです。
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 そして、お茶を加工したあとも、ハッキリと残っています。茶葉の破片が残っていました。
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 今回見学は出来ませんでしたが、入り口から写真を撮った工場部分がこちら。
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 工場入り口には、作業日報の黒板がありました。
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 売店では、試飲用の紅茶(台茶18号)と緑茶(烏龍茶)が置いてあり、また台湾農林が生産しているお茶以外にも、オーガニックや無農薬等の農産品も販売しております。売店の反対側には、写真の様にテーブルと椅子が用意されていて、ちょっと休憩したり、売店で買った物を試飲のお茶と共にお喋りしながら楽しめる様になっています。テーブルや椅子の後ろには、茶畑があります。
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 そして、茶畑で撮った一心二葉の様子。綺麗な茶葉ですね。茶畑の茶の状態を見ると、確かに農薬等は使われていないか、或は使用量を減らしているのが、分ると思います。茶園は、この工場周り以外にもあるのですが、この工場とその周りの茶畑の様子からは、丁寧な作りをしている印象を受けました。私自身も、日本から友達が来ると、台湾農林の台茶18号茶葉をお土産として、友達に渡すのですが、好評です。
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 魚池鄉農會へは、日月老茶廠から、徒歩15分くらいで着きます。バスが来た路を戻って行けば着きます。バスに乗っても行けますが、本数が多くないので、歩いた方が無難でしょう。また、魚池鄉農會に関しては写真が無いのですが、ここのスーパーで売っている紅茶アイスクリームが、とても美味しかったです。濃厚な紅茶の味と香りがするミルクティーアイスクリームでした。

 因に、台湾農林の紅茶ですが、以前のエントリーにも書いた様に新北市板橋區農會超市(新北市板橋区にある農會のスーパーマーケット)でも、購入が可能です。台北旅行の折に、ちょっとここまで足を伸ばしてお土産選びをするのも、いいかも知れません。
 魚池鄉からの台北へと戻るルートは、バスで集集線の車程站(かつて木材の集積所があった所)まで移動し、台鐵で台中まで移動し、そして高速バスで台北まで戻って来ました。因に、このバスで車程站への移動途中に、大観発電所(日本統治時代に作られた大型水力発電所で旧日月潭第一発電所)の近くを通り、その姿を眺める事が出来ました。今回も、鉄道とバスに詳しい友人の協力があって行けた部分もあり、この友人には毎回申し訳なく思う反面、感謝もしています。いつも有り難う。

 そして、南投は、既に桜がほころび始めていました。
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 日帰り旅行のため、日月潭そのものには行かず仕舞でしたが、個人的にはとても楽しめました。日月潭にも行くのであれば、今回の帰りのルートの集集線方面ではなく、行きは先に日月潭へ行き、日月老茶廠、魚池郷と戻り、そのまま台中へ移動し台北に戻るルートが良いかも知れません。また、土日はもしかしたら交通渋滞や、混雑等もありそうなので、可能であれば平日に行く方がいいかも知れません。平日であれば、高速バスの料金もかなり安く、また高速道路の渋滞の心配もかなり減らせます。
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by ken1horie | 2014-01-24 12:39 | 台湾 | Comments(0)

臺湾大学校史館

 臺湾大学校史館の許可も取りましたので、少し校史館の紹介をしようと思います。臺湾大学の前身は、旧台北帝国大学ですが、校史館は、その台北帝国大学から、現在の臺湾大学に至るまでの歴史博物館、と言っていいでしょう。歴史と共に、現在の臺湾大学の紹介の意味合いもあると思います。惜しむらくは、各展示が中国語のみの表示なのですが、学期中は学生の日本語ガイドボランティアも校史館に居る場合がありますので、訪れた際には、確認してみるのもいいでしょう。また、団体であれば、日本語ガイドの申請も可能です。

 それでは、まず入り口から。
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 校史館は、台北帝国大学時代の図書館で、また臺湾大学の旧総合図書館でもあります。1998年に台北市の指定古蹟となりました。また、2005年に校史館としてオープンしました。また、2階にある校史館に続く階段には、台北帝国大学時代から、臺湾大学までの写真が展示されております。
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 校史館に入ると、まず最初は臺湾大学の精神がテーマの展示となっています。銅像は、臺湾大学の基礎を作った第四代学長の傅斯年学長の銅像があり、校訓の「敦品勵學,愛國愛人(正確には敦品力學,愛國愛人なのですが、力學だと、物理の力學と誤解される恐れがあるとして、後日同じ発音の勵學となりました。しかし、それでは本来の意味と違ってしまう、と言う意見が現在でもあります。意味は「篤実に学に励み、国を愛し、人を愛す」といったところでしょうか)」が刻まれています。また、その後ろには「我們貢獻這個大學與宇宙的精神(私達はこの大学と、宇宙の精神に貢献しよう)」と言う、傅斯年学長がスピノザからインスピレーションを受けた言葉が刻まれています。また、校史館全体の縮小模型も展示されております。また、臺湾大学の精神は「学術の自由と大学の自立」です。
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 続いて、曾て貸し出しカウンターがあった場所へと移動します。現在は、以前の図書館の様子をスライド放映しています。
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 また、その反対側には「卓越を追求する」と言うテーマの展示があります。写真に有る橋は、社会と大学を繋ぐ、と言う意味が込められています。
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 そして、臺湾大学の前身である台北帝国大学に関する展示スペースへと移動します。
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 このメジャーですが、よく見ると「台湾総督府製作」とあります。日本統治時代台湾では、計量器は全て総督府による専売制でした。
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 台北帝国大学に関する展示スペースが終わると、臺湾大学に関する展示スペースへと移動します。歴代各学長の肖像画が並び、また歴代各学長に関する資料も展示されています。第一代学長の羅宗洛学長は、北海道帝国大学で博士号を取得しており、日本の教育システムを熟知していた為に、国民政府から台北帝国大学の接収の為に派遣されたと言われています。彼は当時の台北帝国大学の学術水準の高さを評価しており、当時の教授陣を出来る限り臺湾大学に残そうと努力しましたが、結局当時の台湾統治責任者の陳儀には敵わず、短期間で臺湾大学を去る事になります。結局臺湾大学の方向性が決まるのは、この後、第四代学長の傅斯年によってでした。(臺湾大学では、非常に人気のある傅斯年ですが、彼にも負の面があり、熱烈な民族主義者である事が、問題を引き起こした事もあり、臺湾大学以外の事に関しては、現在でも評価が分かれる部分はあります。)
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 そして、臺湾大学の各学部の紹介となります。
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 こちらの、机にあるライトの傘を見て頂けると分るのですが、色の違いが判ると思います。右手手前の色が薄い物は、戦前から残っているもので、この傘ですが、現在の図書館の地下にある自習室にも、戦前から残っている物が、幾つかあります。
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 1958年までは、臺湾大学の大学部は卒業論文がありました。その論文の幾つかを展示しています。李登輝さんの論文も展示されています。また、ここには臺湾大学が発行しているジャーナルや、写真左手には世界各国の大学との交流に於いての記念品が展示されています。写真右手手前には、提携大学の一覧が展示されています。
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 そして、臺湾大学の社会貢献の展示スペースです。SARSが流行った時にワクチン開発に協力した事や、日本と同じく地震の多い台湾での、耐震構造の研究結果等の展示がしてあります。
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 続いて臺湾大学の生活の展示スペースです。履修表や、学生生活の変化が展示されいています。
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 また、臺湾大学のクラブ活動についての、展示となります。臺湾大学のラグビー部は、台北帝国大学から続く伝統の有るクラブですが、私は学校でラグビー部の練習を見た事がありません。多分、特別にグランドを持っているのかも知れません。
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 そして、最後に各時代の学生の思い入れが有る学内の場所の投票結果が展示されています。
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 全ての部分を、今回写真に撮って説明している訳ではありませんが、主要な部分は、抑えておきました。また、校史館のあるフロアには、人類学博物館や臺湾大学の各博物館群を紹介している川流庁、そして臺湾大学出版中心の支店もあります。今回は、校史館の紹介ですが、引き続き、臺湾大学に有る博物館群の紹介をしていこうと思っていますので、もしお付き合いして頂ければ、有り難いです。
 これら台湾大学博物館群の参観は、全て無料となっていますので、もし台北旅行の折に、立ち寄って頂ければ、もしかしたら、また別の台湾や日本統治時代台湾の姿を垣間見る事が出来るかも知れません。
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by ken1horie | 2014-01-22 04:37 | 台湾大学留学 | Comments(0)

台北天后宮

 期末テストは既に全て終わったのですが、期末レポートが一つ残っていて、それを書いています。ただ、どうも進みが思わしくなく、気分転換に西門にある台北天后宮へ行ってきました。
 天后宮は、媽祖神を奉っている廟なのですが、台湾の廟は、たとえ媽祖廟でも、学問の神様である文昌帝君も奉ってあったりしていて、もういい意味で何でも有りです。また、台北天后宮は、弘法大師が奉られていると言う不思議な廟でもあります。私自身、台湾の神様では何故か媽祖神が好きで、お参りと言うと、天后宮へ行く事が多い気がします。多分、レポートで何度か媽祖廟を調べたりなんだりした結果、親近感が湧いたのかも知れません。少ないですが、写真を撮って来たので、貼っておこうと思います。
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 この台北天后宮は、日本統治時代に、萬華の龍山寺に移され、戦後現在の場所へと移りました。現在の場所は、元々日本統治時代に真言宗の新高野山弘法寺があった場所でした。その関係で、弘法大師が奉られているんですね。
 この台北天后宮の有る場所は、西門の中心部で、もし台北観光に来られた場合、寄ってみてもいいかも知れません。また、台北の天后宮で規模の大きい物は、松山にある慈祐宮が有名です。近くには饒河夜市もあり廟にお参りした後に、夜市をぶらぶらするのも、良いかも知れません。この饒河夜市ですが、美味しい物も多いですし、個人的には士林夜市よりお勧めの場所です。

 何か取り留めのないポストになってしまいましたが、少しでも台北観光の足しになれば、と。
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by ken1horie | 2014-01-11 03:39 | 台湾 | Comments(0)
 2014年が始まりました。
 改めて明けまして御目出度う御座います。
 今年が良い年になりますように、そして皆様にとっても良い一年となりますように。本当にそう思います。自分も今年が色々な節目になるかも知れないですし(その割には、相変わらずですが)。

 写真は、今回の台北101のカウントダウン花火です。多分、近くで見たらもっと綺麗だったんだろうなぁ、と。でも、人ごみ苦手な物で。
 台湾の場合、お正月は旧暦でするので、日本みたいなお休みと言う雰囲気は有りません。お休みも、1月1日のみで、2日からは通常と変わりません。私もすっかりこちらの生活に慣れてしまった所為か、新しい年を迎えるに当たって、特に日常と何ら変わらない感じで過ごしています。

 それでは、今年も宜しくお願い致します。
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by ken1horie | 2014-01-01 02:06 | 台湾 | Comments(0)