台湾その日暮らし


by ken1horie
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

休学と方向転換

 休学手続きを済ませました。これで、2年間休学。大学院に戻る事は多分無いだろうけど、もし最後の最後に可能性があれば、戻ってこよう、とは思います。今後は無事に工作許可証が降りれば、台湾でお勤め生活が始まります。

 大学4年間と、大学院の1年間、併せて5年間を台湾大学で過ごしたわけですが、とても幸せな時間でした。私の場合は日本では大学で学ぶ事を完全に諦めていましたし、台湾に来た理由も、大学受験が目的ではなく、1年間の休憩みたいな意味合いが強く、その後日本で仕事探しの予定でした。

 2008年9月に起きたリーマンショックの影響で予定が狂い、何とか2年間語学学校で中国語を学び、軽い気持ちで入学申請した台湾大学は申請が通り、4年生の1学期には歴史系の成績優秀者で表彰され、大学生活の記念品も得る事が出来ました。大学院は、大学で書いた学士論文を元に研究をさらに進める予定でしたが、やはり経済的な問題が終始付き纏い、結果先ずは休学して仕事をする事にしました。お世話になったとある教授からは、惜しいとも言われましたが、概ね仕事は見つかって良かった、と好意的には受け止められており、また指導教授は私の方向転換を心から支持してくれました。確かにここで、歴史研究を止めるのには、悔しさが無い訳ではありません。ただ、現実を見据えた場合、この先の事も考えた場合、やはりこうするしかなかった、とは思います。

 それでも、私は何かと幸運ではあった、と思います。大学は歴史を専攻していましたが、日本では機械設計の仕事をしていたために、今回台湾で採用通知を得た面があり、人生とは本当に判らないものだと思いました。また、仕事の内容も今までの経験と多少なりとも関係もしており、人生の経験は、それなりに無駄にならないもんだな、と苦笑いしています。

 私自身に与えられている選択肢は、元々多くありませんでした。それは、今に至るまで変わりません。私自身、目先の事だけで、色々と決断している、と非難されても甘受するしかない生き方をしているのは、否定出来ません。何しろ、先々の事を考えられる経済的余裕のある生活なんて、あまり経験がありませんから。それこそ、なるようにしかならない人生でしたし、多分今後もそうでしょう。それでも、今回の休学にあたって、少なくない方が私を支えてくれているのを改めて感じました。だから、これから仕事をするとしても、頑張って行けるかな、と思う部分があります。

 今後は、blogの内容も大学や大学院の内容から、就職と、その後の生活の事へと変化するでしょう。今回の就職活動に関する内容も、後日改めて、きちんとした記事にしたいと思っています。

 しかし、私も気がつけば、台湾での生活が8年目に突入しました。ここまで長くいるつもりは、当初毛頭なく、今でもここに残りたい、という感覚は強くはありません。天国は何処にもありません。台湾も日本も、自分にとって好きな面がある一方、嫌いな面もあります。だから、自分がいる場所で、自分なりの楽しみを見つけて、色々と上手く妥協しながら生きていくしかないのでしょう。それは、日本にいても、台湾にいても変わりません。

 最後に、繰り返しになりますが、私は本当に大学で、それも台湾大学の歴史系で学べて良かった。本当に幸せな時間でしたし、多くの事を学ぶことが出来ました。そして、大学で学ぶ意味も、多少なりとも知ることが出来た、と思います。ただ、私にとっては幸せな5年間ではありましたが、他の人が必ずしも同じように感じるとは思いません。私自身も、台湾大学で学びたい、と相談されれば、全面的に同意するつもりもありません。正直な所、楽ではないと思います。確かに科目を上手に選択すれば、そんなに大変な思いをしないで、卒業は可能でしょう。しかし、基本的に読む量とレポートの多さは否定できません。私は、他の学部については判りません。あくまでも、歴史系においてのみしか事情は知りません。それでも尚、学びたいと思う人が挑戦して、その学ぶ事から、楽しさや面白さ、そして奥深さや、複雑さを感じてもらえるなら、こんなに嬉しい事はありません。
[PR]
by ken1horie | 2015-08-27 16:48 | 台湾生活 | Comments(0)