台湾その日暮らし


by ken1horie
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

四年間のこと:三年二学期

 三年の二学期に受けた講義は、史学方法論、日本通史(下)(鎌倉初期辺りから江戸時代まで)、近代台湾城市史(清朝代から日本の第二次世界大戦の敗戦までの都市史)、「歴代宝案」與朝貢貿易、台湾史経典名著、伝統中国法、清代台湾開発史(二)、日本近現代資料解析(二)、の合計20単位でした。
 実を言うと、これに必修科目の中国史(四)を加えて23単位でスタートした三年二学期でしたが、この中国史(四)は毎週の指定閲読量が100ページ以上あり、なおかつ宿題やレポートもあり、討論のクラスは、指定閲読書を読んでいないと全く解らないという重い科目だった為に、この学期に受ける事を早々に諦め、カリキュラムから外しました。

 史学方法論は、歴史学の研究方法及び、理論に関する内容の講義でした。実際に歴史に関する理論や、或いはあるテーマに対する問題意識を抽出し、それをレポートにし、その内容の口頭レポートもありました(それも、自分が何かを発表することを意識して行う)。そして指定閲読も未読だと講義内容が理解出来ない部分もありました。この講義のTAが中国史(一)の時と同じTAの方で、講義に中に何回かサポートしてもらいました。本当に、このTAの方(博士課程の方)には頭が上がりませんでした(本当に頭のいい方で、敬服しています)。
 日本通史(下)は、前学期と同じく、3時間の講義で、最初の1時間を日本の現在のニュースの内容を討論し、残り2時間が歴史の講義でした。講義の進行に関しても、前学期の延長と言って変わりありませんでした。
 近代台湾城市史は、台湾史の中でも、都市についての内容で、清代台湾の都市の成立から、植民統治及び、植民都市の形態に到る内容や、古跡の保存や現在の社会の状況との矛盾等も含めた、幅広い講義内容でした。毎週の指定閲読があり、また指定閲読書のサマリーを書く宿題も多く、グループレポートもあり、内容的には比較的重かったのですが、その内容の多岐さと豊富さは、この後に役に立ちました。
 「歴代宝案」與朝貢貿易は、沖縄の天后宮で発見された、朝貢貿易の文献を解読する内容で、文献解読のための講義と言える内容でした。講義内容自体も重く、頭を悩ませながら毎回講義に出席していましたが、実際に公文書は書き方が決まっている部分があり、この時に知ることになった、工具書やデータベースは、その後に大いに役立ちました。
 台湾史経典名著は、二年二学期に受けた台湾史文献選読(1603-1895)の簡略版とも言う内容でした。既に、二年二学期に台湾史文献選読(1603-1895)を受けていた為に、講義の進行方法を理解していましたし、その時とはまた別の資料を解読する内容ではありましたが、スムースに講義を受けられた記憶があります。印象的だったのは、長老派教会の牧師であるGeorge Leslie Mackayの「From Far Formosa」が題材になった時でしたが、この本の出だしに「Far Formosa is dear to my heart. On that island the best of my years have been spent. There the interest of my life has been centered. I love to look up to its lofty peaks, down into its yawning chasms, and away out on its surging sea. I love its dark-skinned people—-Chinese, Pepohoan(平埔族、平地原住民、熟蕃のこと), and savage(高山族、高地原住民、生蕃のこと)—-among whom I have gone these twenty-three years, preaching the gospel of Jesus.」と書かれている部分があり、この部分を初めて読んだ時に、Mackayの台湾に対する深い愛情を強く感じ、感動した記憶があります。Mackayの台湾での布教方法は、聖書を読まれている方なら、気づかれると思うのですが、イエスの行動をかなり意識した形で、医療行為を中心にして行われました。台湾は長老派教会の信者数が多く、また台湾史研究では無視することが出来ないほど、その影響を受けていますが、台南ではイギリス長老派教会のJames Laidlaw Maxwellが1865年から布教活動を始め、それに対しカナダ長老派教会のMackayは1872年から台湾北部の淡水を中心にして布教活動を始め、第二次世界大戦後は、この南北の長老派教会が統一して、台湾基督長老教会となります。
 伝統中国法は、法律系と歴史系が合同で開講した科目で、清代の法律を中心に講義が進められ、期末には「淡新档案」を分析したレポートを提出する内容でした。毎週指定閲読があり、基本的にはこれを読んでいないと毎週の講義が理解できない内容にもなっていました。この講義で学んだ近代法と清代の法律の違い、その概念の違いを学んだことが、四年になって学士論文を書くときに、かなり役に立ちました。そして、この講義は私自身も法律について理解を深める部分が多く、また考えさせられる部分も多い講義内容でした。
 清代台湾開発史(二)は、前学期からの続きの内容で、講義の進行方法も、前学期と変わらず、指定閲読書を毎週読み、そして前学期に書いた、フィールドワークの計画書に沿って、フィールドワークを行い、期末レポートを書き、それを発表する内容の講義でした。フィールドワークに関しては、私は河洛語(所謂、台湾語と呼ばれる台湾閩南語)が話せない為に、前学期中には教授に相談して、フィールドワークの場所を決め、新竹市内にある天后宮に関するレポートを書きました(結果的には先輩と一緒にフィールドワークを行う事になり、先輩が河洛語を話せた為に、助かった部分がありました)。
 日本近現代資料解析(二)も、前学期に続いて受けた講義で、教授も変わらず、講義内容や方法も前学期と変化がありませんでした。

 三年の二学期も、20単位と単位数は多めでした。この学期は、全てが系内選択科目を選んでおり、卒業に向けての単位取得の面では、かなり楽になった部分ありました。しかしながら、選択科目の半分以上が、修士課程が開講していた講義だった為に、やはり学期中はそれなりに大変でした。それでも、自分が取りたい科目を取れたこと、そしてやはり自分の興味がある科目を選択できたこともあり、結果的には自分でも驚くくらいの成績が取れました。この結果は、自分にとって大きな自信となった事は間違いなく、三年生が終わると共に、四年になったら学士論文を書こうと思ったのも、この学期に受けた講義からの影響もありました(台湾大学の歴史学系では、卒業時に論文を書く必要はありません)。
 また、この三年生を終了した後の夏休みに、卒業条件に関係している進階英文を受ける事となり、それも無事にパスすることができました。こうして、卒業条件を一つまたクリアすることもできました。この進階英文は、なかなか面倒な科目でしたが、それでも台湾大学の学生でも英語の苦手な学生はいるんだな、と妙にホッとした記憶があります。しかしながら、今思うと、この進階英文を受けた後は、ウエブ上で英語のニュース類も、それとなく読める様になり、確かに効果は実感できました。学士論文に関しては、夏休みの半ばも過ぎた8月の後半に、書くことを決め、指導教授も見つけ、8月末にはテーマも決定して、そのまま資料集めや、先行研究のリサーチ等を開始しました。
 そうして、夏休みが終わり、最後の一年、四年生がスタートすることになります。
[PR]
by ken1horie | 2014-07-22 01:05 | 台湾大学留学 | Comments(0)