台湾その日暮らし


by ken1horie
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論文を書くと言うこと、と雑記的なこと

 台湾の大学の場合、卒業論文はなく、論文を書きたい学生だけが、書きます。多くの学生は、論文を選択しませんが、私は記念の意味合いも込めて、現在書く為の資料集め、資料解析、先行研究論文の閲読等を行っています。日本で大学を卒業していない私にとって、論文を書くと言う事は、初めての経験であり、気付かされる事が多くあります。
 まず、論文を書くと言う事は、多くのエネルギーを必要とし、そしてそれが如何に多くの困難や、悩みを伴うのか、が良く解りました。私の場合、幸いにしてテーマは担当教授との軽い討論から、直ぐに見つかり、8月末にスタートさせて以降は何となく書く内容も絞られて来ているのが、現状と言うところでしょうか?
 現在主に、台湾総督府が残した文献を中心に、論文を進めていますが、100年ちょっとの隔たりでも、やはり今の日本語との間には、多少のみぞが有りますし、一次資料に於いては、その崩し字の解読に多くの時間が取られています。私は幸いにして書道をならっていたのもあるので、工具書を片手に、それなりに(あくまでも、それなりです)、何とかは読めていますが、崩し字の解読に関しては、これは訓練が必要なのではないだろうか?と感じています。
 少しずつですが、形を作って行く作業は、以前に行っていた機械設計の仕事にも通じる部分が有り、論文全体の構成を考える事は、機械の完成形を想像するのと、似ているかも知れません。まだまだ、手探りで考えながら、一つ一つの作業をしていますが、何となく形になるかな、と言う感触だけはある気がしています。

 そして話しは変わりますが、台湾大学だけなのか、は分かりませんが「導生会」と言う、教授と同学年の学生が、小グループになって、食事をする会があります。前回迄の教授は、定年となり、今年は教授が変わりましたが、その教授は、私が台湾大学の面接試験の時の面接官の方でした。今頃になって、当時の事を書くのは何ですが(当時のblogにも書いているかも知れません)、面接時に驚いた事は、面接官の教授4人が全て女性だったんです。当時緊張していて、誰がどの教授だったのか、をハッキリと覚えていないのですが、確かに今回の「導生会」の教授は、間違いなく私の面接官だった教授なのを、その食事会の時に思い出しました。お互いに嬉しい再会でしたし、その再会を喜んで貰えた事が、自分も嬉しく感じました。
 今改めて思う事は、やはりここ迄来られたのは、多くの教授や同級生に支えられて来たんだな、って感じます。未だ終わっていませんが、私自身の大学生活は、かなりラッキーだったのかも知れません。論文の担当教授にしても、私の申し出を快く引き受けて頂きましたし、他の少なくない教授の方々からも、面白い話しを聞いたり、規模は小さいですが、学術的な発表会にも参加させてもらいました。色々と、この間に得る物は少なくなかった感じがします。

 最近ですが、時々寮の屋上から景色を眺める事があって、それが何となく気に入っています。川向こうは、永和なのですが、遠くに山々が連なり、台北が盆地である事を気付かせてくれます。屋上から見る、夕日や夜景が綺麗なんですよね。そんな訳で、写真を久々にアップしておこうと思います。
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 次の更新まで、また間が開いてしまうかも知れませんが、出来ればまた何か近いうちに更新出来ればと。
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by ken1horie | 2013-11-25 01:51 | 台湾大学留学 | Comments(0)